精霊機伝説ヴァイオレントドール

結婚するって本当ですか? ージャミッドパートー


 お前に縁談を持ってきた。そう、突然父から言い渡された。
 ジャミッド=アルファージアは、フェリンランシャオの大貴族、『東のアルファージア』と称される、名門中の名門貴族の、三番目の……末の子として、生を受けた。
 歳の離れた兄と姉は、すでに家庭を持ってはいるが……。
「自分には、まだ早いと思います」
 当然、そう思った。
 しかし、父親は言う。
 自分は、お前の将来が心配なのだ……と。
 家督を継ぐ事ができないお前が幸せになるには、他家へ養子に入るしか方法はない……と。
 そして、なにより……。
「お前は、兄のように賢くはないのだから……」


 「チャリオット=プラーナ……か」
 ジャミッドは小さな溜め息を吐き、パタン……と、読んでいた本を閉じた。
 彼女の事……噂には、聞いた事がある。
 先代の緑の元素騎士……現女帝の従兄弟にて摂政。そして、夫であった人物。
 亡くなった今でも、多大な人気を誇る、偉大な英雄……ファヤウ=プラーナ。
 彼と女帝との間には、二人の男子が誕生しているが、彼は他の女性との間に、二人の女児をもうけている。
 女児の母親が誰なのか……ファヤウがなくなった今では、それは誰も……当事者である彼女たちですら、知らない。
 わかっているのは、彼女たちが父親の血を、色濃く、強く引いており、皇家の血を引く者に、稀にしかあらわれる事の無い、朱眼朱髪の容姿をもっているという事だけである。
 それは、間違い無く、彼の血を引いている証……。
 二人の皇子達でさえ、紅眼紅髪であったというのに……。
「世間的に認められていないとはいえ、あやつは間違い無く、プラーナの末裔。当主不在の現時点では、プラーナ領は皇家が管轄しているが、お前が婿養子となれば、それはすべて、お前の物となるだろう」
 それにな……と、父は不敵に笑う。
「忌々しい姉とは違って、あの娘には、精霊の加護が無いのだよ。……四等騎士として出しゃばっているようではあるが……それも、それ以上の昇進は臨めぬ。……限界であろう」
 父の、ギラギラとした野望に、ジャミッドは顔をしかめた。しかし、そんな息子の反応をあえて無視し、アルファージア家の当主たる男は不適に笑いながら続ける。
「だから、向こうもこの話、間違いなく、受けるであろう」
 数日後には、わが家に招待しようと思う。私は忙しいから会う事はかなわぬが、丁重に、出迎えてやれ。と、父はジャミッドに言った。  そして、今日がその日である。


 「レイズ。到着はまだかい?」
 老齢の執事に、ジャミッドは問う。執事は頭を深く下げ、「只今、お迎えに向かっております」と、淡々と答えた。
 ジャミッドは赤の瞳を細め、ニコッと笑った。
 何時からだろうか。……このように、事務的に笑うようになってしまったのは。
 この国は、自分が生まれる、もうずっと前から戦争をしている。
 争い事は嫌いだ。
 血を見るのも、誰かが涙を流すところを見るのも、嫌いだ。
 彼女は……チャリオット=プラーナは、騎士だ。戦う事を、職としている。
 そんな彼女と自分は、話を合わせる事が、できるのであろうか。
 しかし、自分は……ジャミッドは、父の話を聞いてからというもの、彼女に対し、父とは全く違う、別の意味での興味を抱いているのも、事実だ。
 何故、精霊の加護が無い事を知っても、騎士として、戦い続けるのだろうか……?


 チャリオットの到着を聞き、ジャミッドは広間に向かった。
 一人の少女が、天上を見上げていた。
 四等騎士の色……赤を基調とする、帝国騎士の、儀礼用の制服を纏う、朱眼朱髪のあどけない少女……。
 しかし、彼女の右半身は、義肢であった。
 一瞬驚いたが、すぐに冷静さを取り戻した。……相手に、気づかれないうちに……。
 ふと、少女と目が合った。が、彼女は隠す事なく、目を見開いた。
 何故かはわからなかったが……それが、自分の容姿……多分、真っ白な髪について驚いているいう事に、しばらくしてから気がついた。
「珍しいかい?」
 少女は、こくり……と、首を一度、縦に振った。
「お祖母様が、アリアートナディアル出身なんです。えっと……イル・プラーナ」
 少女が、ふっと微笑んだ。
「貴方は軍属じゃないだ……でしょ? チャリオットで構いませんよ」
 少女らしいあどけなさは残るが、それは、少し大人びた笑みに見えた。
 騎士らしいといえば騎士らしいが、ジャミッドが想像していたよりも、全然印象が違う。
 なんというか、もっとお堅い、ガチガチなイメージだったのに……。
「それではチャリオット。アルファージア家へようこそ。お食事にしましょう」
 真紅の瞳を細め、ジャミッドは微笑んだ。


 食事は、何事も無く進んだ。話はジャミッドからの質問に、チャリオットが答える……といったパターンが多かったような気がする。
 彼女は十五歳。自分より、一つ下だ。
 でも、話してみると、そう見えないところが多かった。自分よりしっかりしてて、知識も十分にある。
「あの……その身体は、やはり戦争で?」
 少し失礼かな……とは思ったが、ジャミッドは聞いた。しかし、チャリオットはまったく気にする様子も無く、
「生まれつきです」
 と、首を横に振った。
 おまけに、姉貴とは左右対称なんですよーと、笑いながら話している。
「カッコイイでしょ。コレ。親父からもらったんです」
 そういって、チャリオットは自分の右目を指差した。赤い義眼……スコープ・アイが、視線を動かし、焦点を合わせる度に、小さな音をたてて動いた。
 ふと、そんなチャリオットが、ジャミッドに対して、初めて問いかけた。
「あの……その、どうしてオ……自分なんですか? もっと、相応しい人がいると思いますが……」
 ジャミッドは、小声でうつむく彼女に微笑みながら、言葉を返した。
「貴女は、貴女が思っている以上に、素晴らしい人なんですよ」
 そう、たぶんきっと、自分なんかよりは……ずっと……。


 普段、どのような生活をなさっているのですか? と、ジャミッドが問うと、チャリオットはにっこりと笑いながら、こう言った。
「それじゃぁ、実際に行ってみますか?」
 ジャミッドは街に来た事が無かった。
 いや、視察のために、一通り、まわった事はある。
 しかし、私事で……自分の足できたのは、初めてであった。
「あれー親分、何やってんですか?」
 しばらく歩いていると、進行方向正面から、三人の少女が歩いてきた。
 ジャミッドは面識が無かったが、どうやらチャリオットの知り合いらしい。
 緑色の……第六騎士の制服を纏う三人の少女の姿がある。いずれも、赤い髪と赤い瞳の少女達。
「その親分っての、やめてくれ……ジル」
 チャリオットは苦笑を浮かべながら言う。
 少女はそれじゃぁ……と、しばらく考え込み、
「教官って事で」
「今は教官じゃないだろ。普通に呼べ。普通に」
 チャリオットは頭を抱えた。
 第四等騎士。たしかにその位なら、教官として働く事も十分あり得る話である。しかし、ほとんど歳の変わらない彼女たちを、チャリオットが指導した……という点については、少し意外で、ジャミッドは驚かされた。
「……てゆーかお前等、制服着てるってことは任務中じゃないのか?」
 ギクッ……思わず三人がチャリオットから目をそらした。よくよくジャミッドが彼女たちの持ち物に目をやると、袋の中身は服や化粧品……。
「やっだぁー、イル・プラーナ。儀礼用の制服なんか着て、お洒落しちゃってぇー」
「誤魔化すなッ!」
 チャリオットの怒声に、思わず一瞬、ジャミッドは硬直した。
 いや、正確には三人と、周りの通行人も、一瞬動きを止めている。
「おまえらー、買い食いは許すが、バーゲンは厳禁だとあれほど言っただろうがッ!」
「だぁって、本日限りの七割り引き。六等騎士の安月給じゃ、生活するの大変なんですよぉ」
「あんたたちの家、貴族様じゃなかったっけ……?」
 少女の言葉に、別の少女がジト目で睨んだ。
「爵位はあっても貧乏貴族は貴族じゃないわ」
「自慢になりませんけどね」
 ふと、少女の一人と目が合った。ニコリ……と、挨拶代わりにジャミッドは微笑む。
「こちらは?」
「ん……あぁ、ジャミッド=アルファージア」
 アルファージアの名を聞いたせいか、彼女たちは驚愕した。いつもの事なので、ジャミッドは気づかないフリをして、いつものように、微笑むだけである。
 ……が。
「オレの……お見合い相手」
 チャリオットの言葉を聞いた直後、三人の態度は一気に急転。
 急に三人はずいっとジャミッドに詰め寄り、憤怒の形相で睨みつけた。
「え? ……えええ?」
 前後の事情を知らないジャミッドは、目を白黒して狼狽えた。


 ジャミッドが三人の娘さん達に詰め寄られたちょうどその時、凄まじい轟音が、あたりに響き渡った。
 さすがに、この時ばかりはジャミッドも、少々ほっと、胸を撫で下ろす。
「コラッ、お仕事お仕事。さっさと城に駆け足ッ!」
 チャリオットの声に、三人はハッと我に帰り、我れ先にと城のほうへ走って行く。
「さてと、オ……自分達も、避難しなきゃね」
 ジャミッドの腕を引っ張り、チャリオットはなれたように路地の脇から地下道を通り、シェルターへと駆け抜けた。
 ジャミッドは大抵、家の地下のシェルターか、城に仕える文官用のシェルターを使用している。
 一般人用の共同シェルターの存在は知っていたが、実際に来るのは初めてだ。
 入り口付近にたむろする人をかき分けながら、チャリオットはシェルターの奥へ進む。
「……まったく、ヤツらってば、容赦ないんだから……そのうちぶっ飛ばしてやる」
 ブツクサと言いながら、比較的人の少ない場所を選び、ドカッと座り込んだ。
 ジャミッドは、チャリオットの隣にちょこんと座った。
「怖いか?」
 突然、チャリオットが聞いた。
 戦争は嫌いだ。
 だから、この襲撃を知らせる警報の音も、嫌いだ。
 でも……
「いえ……」
 ジャミッドは首を横に振った。そんな強がりを察したのか、彼女はそれ以上、何も言わなかった。
 ジャミッドは、一つ、質問してもいいか……と、チャリオットに問う。それは、彼が彼女に、一番聞きたかった事……。
「何故、騎士になったんですか?」
「んー……そだね」
 チャリオットは少し考え……ふっと笑い、答えた。
「それしか、考えてなかったんだ」
「……それしか?」
 ジャミッドの言葉に、チャリオットはちょっと困った表情を浮かべ、微笑む。
「『夢』って、あるだろ? オレは、親父のような、強い元素騎士になりたかった。ガキの頃から、ずっと……」
 そこまで言って、いや……と、チャリオットは首を横に振る。
「……認められたかったのかもな。自分の存在を」
 その言葉に、ジャミッドは思わずハッとした。
「騎士になったのは、その過程。……まさか、自分に加護がなかったとは思わなかったけどね」
 チャリオットは少し苦笑を浮かべた。少し、泣きそうに見えたのは、きっと、ジャミッドの見間違いでは無いだろう。
 でも……と、チャリオットは続ける。
「諦めるつもりはないよ」
 チャリオットは首を振り、何かを吹っ切るように、ニッと笑った。
「元素騎士になれなくても、『最強』には、きっとなれる」


 チャリオットを見送った後、ジャミッドは独り、シェルターの片隅で考えていた。
「……認められたかったのかもな。自分の存在を」
 チャリオットの言葉で、始めて気がついた。
 父は、自分を……自分の存在を、認めてくれているのだろうか。
「自分は、お前の将来が心配なのだ……」
「家督を継ぐ事ができないお前が幸せになるには、他家へ養子に入るしか方法はない……」
「お前は、兄のように賢くはないのだから……」
 ずっと、自分はそう、言われつづけてきた。
 だから、父の言う通りにすれば、幸せになれると、ずっと思っていた。
 でも、それは違う。
 父から彼女の事を聞いた時、最初に抱いた感情は、『同情』であった。
 自分の嫌いな戦争に出て行く、精霊の加護が無い少女……。
 名家出身でありながら、その存在を伏せられる少女……。
 しかし、チャリオットの表情……『夢』を語る彼女の顔は、自分よりずっと、幸せそうだった。
「おまえさん、あの子の知り合いかね」
 ふと、顔をあげると、一人の老人がジャミッドを見下ろしていた。
 不思議な人だと、ジャミッドは思った。
 顔に刻まれたしわは深いが、その奥から光る紅の瞳は、しっかりとした意志を感じた。
 そしてなにより、不思議な威圧感をもっている。
「貴方は?」
「ワシのことは、どうでもいい。お前さん、あの子の知り合いかね」
 もう一度、老人はジャミッドに問う。ジャミッドははい……と、短く返事をした。
 すると老人は、険しい表情を緩め、にっこりと笑った。
「そうかい。それなら、一つ頼みがある。あの子と、ずっと、友達でいてやってくれんかね」
「……は?」
 ジャミッドは老人の意外な言葉に、あんぐりと口を開けた。
「あの子は、ずっと戦っているんじゃよ。それこそ、生まれた時からのぉ」
 運命……と言う言葉はワシは嫌いだが……と言いながら、老人はジャミッドの隣によっこらせと、座った。
「あの子は、重すぎる運命を背負って、生まれてきた。だから、あの子を理解してやれるのは、ほんの……ほんの、ひとにぎりの人間だけじゃ」
 老人は、懐から煙草と煙管を取り出し、火をつけた。
「あの子を見る目のほとんどは、フィルター越しにしかあの子の姿を見とらん。本質は、もっと、別の場所にあると言うのにのぅ……」
 はぁ……と、深い老人の溜め息と共に、白い煙がシェルターの天井に向かって登ってゆく。
「あの……貴方は……いったい……」
 ジャミッドの問いに、老人は赤い目を細めて言った。
「わしゃ、モルガナイトという。……ただの世話焼きの、偏屈ジジイじゃよ」
 モルガナイト=ヘリオドール。この国で知らないものはいない、銃の名工である。
「本当の意味で戦争が好きな者など、おらん。でも人は、戦わねばならんのじゃよ」
 戦う相手は、人それぞれじゃがな……と、名工は再び煙管を吸い、白い煙を吐いた。


 チャリオットの機体がいつも、第五格納庫に収納されている……と、モルガナイトから聞いたジャミッドは、急いでそこに向かって走った。
 待っている間にも、被弾した機体が次から次へと戻ってくる。少し心配になってきたが、ジャミッドは首を横に振って、ジッと待った。
 そんな中、一際目立つ機体が、戻ってきた。
 純白のアンドロメディーナ。白は結構普通にある色だし、アンドロメディーナ自体も量産型で、そんなに珍しい機体というわけではない。
 しかし、その装備……普通、どんなに近距離専門でも、銃の一つは装備していくものなのに、装備らしい装備は、手に持つ不思議な形のブレードのみ。
 操縦席のハッチを半分開き、聞き覚えのある声がジャミッドの耳に届いた。
「おーい、危ないぞ。そんなところに居ちゃ……」
 チャリオットは身を乗り出して叫んだ。
「そっちの方が、危ないですよ」
「……それもそうだな」
 納得するチャリオットに、ハハハ……と、ジャミッドは笑った。
 チャリオットは相棒を、所定の位置まで動かし、ロックをかけた後、被弾・負傷箇所の状態を整備士たちに報告する。
「ブレード・トンファ、いいカンジだったぜ」
「は、ありがとうございます」
 一人の整備士に向かって、チャリオットはグッと親指を立てた。
 一通り報告を終えた後、チャリオットは改めて、ジャミッドの方を向いた。
「待ってる間、考えていました」
 ジャミッドは、ジッと、チャリオットを見つめた。
 父の言葉。
 言われるがままの自分。
 モルガナイトから聞いた事。
 そして、チャリオットの夢……。
「自分も、騎士になりたい。そう、思いました」
 自分も、強い人間になりたい。そう、思いました。
「それが、自分で出した答えなら、いいんじゃないの?」
 もしかしたら、この人は自分が弱い人間だと、知っていたのかもしれない。ふと、ジャミッドは思った。
 そんな自分に、チャリオットは、あの表情で笑った。


 「……と、いうわけで、よろしくお願いいたします」
 深々と頭を下げるジャミッドに、水の元素騎士……チャリオットの双児の姉である、ジャスティス=プラーナはハァ……と、深い溜め息を吐いた。
「……どういう心境の変化……かしら」
 ジャミッドはその後、騎士になるために試験と訓練を受け、第七等騎士ダナの称号を獲て、ジャスティス率いる水宮軍の、第七部隊へ配属されてきたのだ。
 戦争は嫌いだ。今でも戦闘訓練は苦手だし、血を見るのは恐ろしい。
 でも……。
「別に……自分は、彼女に見合う男になりたい……と、感じただけですが」
 プロポーズは、それからという事にします。苦笑するジャミッドの言葉に、ジャスティスは少し、顔をしかめた。
 そして、ふと、何かを呟いた。
「なにか?」
 聞き取る事ができなかったジャミッドは、聞き返したが、ジャスティスは「なんでもない」と、首を横に振る。
「ところで、大丈夫か? 色々……」
「はい、皆様親切にしてくれます。……たまに意地悪な人も、たしかにいますけど……」
 だろうなぁ……と、内心ジャスティスは思ったが、表情には出さない。
 歪んだフィルター越しであろうと、チャリオットには不思議なカリスマ性がある。
 たしかに、貴族を中心とした連中からは忌み嫌われているが、下級騎士や女官達を始めとした一部の人間からは、多大な支持があるのだ。
 おまけに、今回のお見合い事件……チャリオットを慕う騎士たちから見れば、面白いはずが無い。
 訓練と称して、レベルの低い嫌がらせを、多々、受けているはずだ。
 そんな事実を知ってか知らずか、ジャミッドは大丈夫です。と、ジャスティスに向かってにっこりと笑った。
 ……もしかしたら、意外と結構、図太いのかもしれない。

FIN


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