精霊機伝説ヴァイオレントドール

結婚するって本当ですか? ー野次馬パートー


 ドタドタドタ……緑の元素騎士、レオルーナ=ルーブルは、二人の騎士を従え、石畳の廊下を駆け抜けた。
 目標は宿舎内の、一人の騎士の執務室である。
 騎士が寝泊まりする宿舎とはいえ、城の一画。緊急事態ではない限りは、静かにする事とされていたが、ンな事は彼女にとっては、おかまいなしである。
「なんですッ。騒々しい」
 生真面目な執務室の主人……フェリンランシャオ帝国所属の水の元素騎士、ジャスティス=プラーナは、飛び込んできた自分達を、ギロリと睨んだ。
「レオナさん……貴女……」
 ジャスティスは頭を抱え、批難の視線をレオルーナたちに浴びせた。
 彼女が元素騎士になって半年……今では親友と呼べる程の間柄にはなったが、それはそれ、コレはコレ……と言う事か。
「ジャスティー、それどころじゃないの、大変なの。聞いてよッ!」
 レオルーナの背後から、小柄な少女が叫んだ。
 第七部隊付属小隊隊長、ミショウ=ウテナ。ジャスティスの幼なじみにて、直属の部下……。
 隣には、ミショウの部下であり、銃の名工モルガナイト=ヘリオドールの孫息子、タンザナイト=ヘリオドールの姿もある。
 この二人と一緒にきたのが、そんなに変と感じたのか、いぶかしげな表情を浮かべるジャスティスに、レオルーナが吹き出しそうな感情を、押さえながら問いかけた。
「なぁ、チャーリーに縁談がきたってホント?」
 一瞬、部屋が妙な静寂に包まれた。
「………………は?」
 ようやく、ジャスティスが声を出した。が、どうやら言葉の意味を理解していないようである。
「だぁかぁらぁ、縁談だよえ・ん・だ・ん。わかりやすく言うならさぁ、結婚するって本当?」
 結……婚……。
「………………はぁ?」
 ようやく意味を理解したらしいジャスティスは、アゴが外れるんじゃないかと思われるくらい大きく口を開いた。
「ちょ……な……」
 ジャスティスは、普段冷静沈着な彼女とは思えないほどの狼狽えっぷりを披露した。それは、思わず持ってた羽ペンを握りつぶし、インク瓶をひっくり返して、書いてた書類をダメにしてしまうほどであったという。
 レオルーナをはじめ、彼女の様子を目撃した一同はこの時、笑い転げそうになるのを、我慢するのに必死であった……とのこと。
 そんな感情を押さえながら、レオルーナは口を開いた。
「うーん。……その様子じゃ知らなかったみたいねー」
「知りませんッ! どど……どっから拾ってきた情報なんですかッ!」
 あからさまに動揺するジャスティスに、ミショウは手をあげて言った。
「ウチの情報網にひっかかったの」
 第七部隊付属小隊……通称スピニカ隊は、第二部隊・第二部隊付属第一小隊・第二小隊とともに並ぶ情報網を持ち、フェリンランシャオ国内の情報部を兼ねていた。故に、かなり信頼できる内容の情報であるといえる。
 多分現在、ジャスティスは個人的に、認めたくないと思っているだろうが。
「で……相手は?」
 冷静さを取り戻しつつあるジャスティスは、落着くためにお茶でも飲もうと、四人分……自分達を含めた人数分のカップを、準備し始めた。
 そんな彼女に、レオルーナはトドメの一言。
「ジャミッド=アルファージア」
 ガシャンッ……。ジャスティスの足元に、カップが粉々に砕けて散らばった。


「な……なんだってぇ」
 ガシャンッ……。いくら宿舎の食堂の安っぽいガラスのグラスとはいえ、城の備品を落として壊した少年に、いつも以上に批難の視線が集中した。少年はなれているとばかりに、あえてその視線を無視し、青の瞳で、タンザナイトを凝視する。
 アルファージア家……『東のアルファージア・西のルーブル・南のプラーナ・北のバーミリオン』と称される、フェリンランシャオ帝国国内の名門一族である。
 少年と彼の母親は、皇家の象徴である、朱の髪を持っていた。しかし、皇族はもちろん、どの貴族の末席にも、その名は示されていない。守るべき皇族の象徴が、現在では国内の汚点としてのみ存在している……というのは、皮肉な話である……と、少なからず貴族をはじめとする国の者達は思っているし、タンザナイトも以前はそう、思っていた。
 もちろん、タンザナイトは彼らとの交流を通じて、今ではそんな事を、これっぽっちも感じてはいなかったが。
 彼は……フェリンランシャオ帝国第四等騎士、ヒューミット=ガレフィス。元風の元素騎士、現神女長であるアレクト=ガレフィスの息子として、敵国の王族である象徴……青を持って生まれた忌み子……。
「間違い無い……と思いますよ。なんてったって、ウチが手に入れた情報ですから」
 自分と彼との関係を、示す言葉を見つけるのは難しい……と、タンザナイトは思う。
『年下の上位騎士と、彼の幼なじみの部下』、『元教官と教え子』、『好敵手』、『恋敵』……。
 もっとも、同国に忠誠を誓う騎士同士……と言う事に間違いは無いが。
「一応、貴方が知っておく権利もある……」
 でしょうから……というタンザナイトの言葉を最後まで聞く事なく、ヒューミットは猛ダッシュで、食堂から出ていった。
「やれやれ、君もお人好しだねぇ。カーラ・ヘリオドール」
「……イル・ウテナ」
 まぁ、見てて面白いからいいんだけどね。と、小隊長はタンザナイトに微笑んだ。
「面白いついでに、コレからラング・ルーブルと出かけるんだけど……どう? 一緒に」
「野次馬……ですか?」
 はぁ……と、タンザナイトは深い溜め息を吐いた。
「あれ? 嫌?」
「誰が嫌だと言いました? ……ご一緒しますよ」
 ……結局、本音を言うと、タンザナイトも、気にはなっていたりする。


「ノックしろノックッ!」
「てゆーかヒューミィッ! 仕事サボるなッ!」
 姉妹のダブルキックを喰らって、吹っ飛ばされたヒューミットは、そのまま壁へ激突。いつもの事だが、やる事なす事手加減がない……と、心の中でしんみりと思う。
 改めてヒューミットを交え、ジャスティスの事情聴取が始まった。
 が、どうも解らない事ばかりである。
 当の本人……チャリオットは、自分の結婚話を知らなかったというのだ。
 しかも、本人曰く、ジャミッドとは面識もなく、挙げ句のハテには存在すら知らない始末。
「何処の誰かしら、こんなエセ情報流した阿呆は」
 ぶつぶつとジャスティスは呟いた。ヒューミットも「もしかして騙されたか?」といった考えが、一瞬思考をよぎる。
 はた迷惑だが、よかった……と、チャリオットの様子にホッと、ヒューミットは思わず胸を撫で下ろした。
 が……。
「チャーリー。起きてる? 入るわよッ!」
 突如、背後の扉が勢いよく開いた。母……アレクトが、血相変えて飛び込んでくる。
「チャーリー、大変、すぐに出かける準備してッ」
 はぁ? 部屋の中の三人は、顔を見合わせる。
「アルファージア家からお食事の招待を受けちゃったの」
『何ーッ!』
 三人の声がとりぷった。
「いや、個人的には蹴り倒してやりたかったんだけど、相手が相手だし……」
「母さんのおバカーッ!」
 ヒューミットは半ベソで部屋から飛び出し、廊下を駆けた。
 階段を降りている途中で転倒。転げ落ちかけ……。
「おうッ! ……セーフ」
「あ……どうも……」
 レオルーナ、ナイスキャッチ。
「ちゃんと食べてるのか? 体重また落ちたんじゃ無い……どした? ベソかいて」
「あ……まさか……」
 レオルーナの背後から、ミショウがひょっこり顔をだした。その隣には、涼しい顔をしたタンザナイトの姿もある。
 こうして、『チャリオットのお見合い野次馬、あわよくば妨害してやろう同盟』は集結した。


 データ、でました。と、ミショウはジャミッド=アルファージアの個人情報を、正面のディスプレイに表示させた。
 ちなみに、このテの個人情報に関して、私情での閲覧は禁止されている。バレたらお説教どころでは済まない。
 一応情報部の小隊長であるミショウは、元素騎士であるレオルーナの私室を使い、足跡をつけないよう、慎重に作業しているのである。
「てゆーか、ラング・ルーブル。同じ四家出身でしょう? 知らないんですか?」
「知らない」
 あっさりとレオルーナは答えた。
「……てゆーか、正確に言うなら、そいつの父親と兄貴は知ってる。……さらに正直言うなら、個人的には好きじゃ無いけど」
 個人情報の隣に、顔写真が表示される。その姿に、一瞬ぎょっと、ヒューミットは目を見開いた。
「あぁ、たしか先代の奥さんだったよなぁ……アリアートナディアルの皇族出身なんだよ」
 白い髪に、フェリンランシャオの紅の瞳……。もっとも、アリアートナディアルの皇族をはじめ、各国が滅んでしまった現在では、フェリンランシャオでは一般人の中……それこそ、商店街の売り子のお嬢さんとか、八百屋の親父さんの中に、皇族の特徴を示すものが、たまーにいたりするのだが。
「ホント、逆じゃ無くてよかったよなぁ。瞳まで白いヤツ、正直怖ぇもん」
 ……時々、彼女の常人とはちょっと違った感性に、ヒューミットは心底感心してしまう。
 ジャミッド=アルファージア……十六歳……。ミショウの出すデータを、ヒューミットは目で追った。
「また年下か」
「お前にとってはな」
 ボソリと呟くタンザナイトに、ヒューミットは裏拳でツッコんだ。
 タンザナイトは、現在十七歳。騎士となる事を決め、正式に訓練を受けて見習いとなったのは昨年で、確かに、一般的に見ると遅いスタートではある。
 しかし、彼は元々、祖父や両親と同じ、技術士としての道を歩むつもりであったし、周りもそれを望んでいたので、仕方がない部分もあったりするのだが。
「年上は好みじゃないのかなぁ……チャーリーちゃん」
「……そんな事はないだろ。てゆーか、オレやチャーリーから見ると、そいつも年上だし」
 なんで自分がなぐさめなければならないのか……と、ヒューミットは一瞬思ったが、なりゆきと彼の性格上、しょうがないといえばしょうがない。
 そんな二人を、面白そうにレオルーナは眺めた。と……そこに……。
「レオナ? いるのか……」
 アリアートナディアルより遥か昔に滅んだトレドットの皇族の特徴……黒い髪に、黒の瞳の青年が、静かにドアを開け、中の様子に一瞬、ぎょっと目を見開いた。
 予想外の訪問者に、ヒューミットは一瞬、部屋の温度が氷点下まで下がったような気がした。
「あ……あははははは……」
 最初に声をあげたのは、部屋の主人、レオルーナ。しかし、その声は乾いている。
「レオナ……お前、また……」
 青年は呆れてハァ……と、溜め息を吐いた。そして、急いで部屋の中に入ると、鍵をかけた。
「こういう事をする場合、鍵はかけるべきだったな」
「あーん、ガルぅー。大好きッ!」
 目をつむっといてやる……という事を暗に示した恋人に、レオルーナは抱き着いた。青年……闇の元素騎士、ガルナーズ=バイブルは、よしよし……と、レオルーナをあやすように抱き上げながら、ヒューミット達に視線を向けた。
 御愁傷様……と、ヒューミットはガルナーズに言われたような気がした。


 ガルナーズを加えて外に出た五人は、アルファージア家へ向かって歩く。
 が、マーケットが開かれているあたりに出たところで、思わず物陰に隠れた。
 ちょうど真正面に、目立つ短い朱の髪を見つけたのだ。
 彼女の後ろには、白い髪……先ほど資料で見たばかりの顔がある。
「ねぇ、ガル……アレ、貸してくれない?」
 レオルーナの言葉に、ガルナーズはふむ……と、ポケットから端末を取り出した。それは手のひらに納まるくらいの大きさの円盤状になっていて、中には折畳み式のインカムと、虫のように小さなロボットが入っている。
 第二部隊及び、第二部隊付属第一・第ニ小隊という、各種情報部率いるガルナーズが、技術士たちに頼んで作ってもらった、試作型の傍受システムである。
「ほら、いっといでー」
 レオルーナがロボットを軽く上に投げると、ロボットはふよふよとしばらく空中にただよっていたが、ガルナーズのコントローラーの通信を受けたのか、チャリオット達の方へ飛んでゆく。
 ガルナーズはインカムのコードを端末から外し、代わりに、別のコードと繋いた。その先には別の円盤状のスピーカーと繋がっていて、ザザザ……という不快な機械音の奥から、声が聞こえてきた。
「……の親分っての、やめてくれ……ジル」
 よくよく見ると、チャリオット達に向かい合うように、緑色の、第六騎士の制服を纏う十代前半の、三人の少女の姿があった。いずれも後ろ姿だが、赤い髪の少女達。
「ナイスだ、ジルコニア」
 ぐっと、タンザナイトが親指を立てた。ジルコニア=フローライトと、ローズ=クウォーツ、ルチル=クウォーツ姉妹。この三人は、タンザナイトの同期で、チャリオットが以前、臨時の教官として赴任した際、鍛え上げたメンバーのうちの三人である。
「それじゃぁ、教官って事で」
「今は教官じゃないだろ。普通に呼べ。普通に」
 チューニングが終わったのか、雑音の無い綺麗な音声で、チャリオットの声が溜め息と共にスピーカーから流れた。
「……てゆーかお前等、制服着てるってことは任務中じゃないのか?」
「やっだぁー、イル・プラーナ。儀礼用の制服なんか着て、お洒落しちゃってぇー」
「誤魔化すなッ!」
 チャリオットの怒声が、スピーカーと陰の向こうから、ステレオで響く。
「おまえらー、買い食いは許すが、バーゲンは厳禁だとあれほど言っただろうがッ!」
「……許すなよ。そこは」
 思わずミショウが突っ込んだ。レオルーナはツボにハマったのか、バシバシとガルナーズの肩をたたきながら、先ほどから大爆笑状態である。
「だぁって、本日限りの七割り引き。六等騎士の安月給じゃ、生活するの大変なんですよぉ」
「あんたたちの家、貴族様じゃなかったっけ……?」
「爵位はあっても貧乏貴族は貴族じゃないわ」
 こんなのがはたして、騎士の会話でいいのだろうか……と、思わずヒューミットは頭を抱えた。
「自慢になりませんけどね」
 ホントね……と、ローズの言葉に、ミショウが思わずポツリ。
「こちらは?」
「ん……あぁ、ジャミッド=アルファージア」
 チャリオットの言葉に、ヒューミットはそっと、物陰から頭をだし、二人の方を見た。その後ろから、じっと、タンザナイトものぞく。
 アルファージアの名を聞いた六等騎士三人組みは、一瞬慌てたようであった。
 そんな彼女たちの様子に気をとめる事なく、ジャミッドはチャリオットの一歩後に立っていた。
「オレの……お見合い相手」
 チャリオットの言葉を聞いた直後、三人の態度は一気に急転。
 急に三人はずいっとジャミッドに詰め寄った。
 ふと、ヒューミットが振り返ると、レオルーナはさらに爆笑しており、ちょっと痛かったのか、ガルナーズが苦笑を浮かべていた。


 ジャミッドが三人の娘さん達に詰め寄られたちょうどその時、凄まじい轟音が、あたりに響き渡った。
 敵国の襲撃を知らせる警報である。
「コラッ、お仕事お仕事。さっさと城に駆け足ッ!」
 チャリオットの声に、三人はハッと我に帰り、我れ先にと城のほうへ走って行った。
「ほら、私たちも行くよ」
 普段はマイペースでも、元素騎士……レオルーナはさっと立ち上がり、ヒューミット達を促す。
 チャリオットはジャミッドの腕をつかみ、地下のシェルターへの通路に向かって、走ってゆく。
「うぅ……」
「ほらほら」
 悔しそうに、じっとチャリオットの姿が消えたほうを見入る男どもを促し、ミショウは駆けた。
「ヒューミィ、今日は何処に置いているの?」
「今日は二番格納庫だけど……」
 チャリオットとヒューミットは、精霊の加護が無く、規定の部隊に所属する事ができない。
 故に、『遊撃隊』として、独自の考えで動く事が認められており、格納する場所も、日によって違う(もっともチャリオットは、対応しやすく忘れにくく、主任が知り合いという理由で、五番格納庫に固定していたが)。
 ミショウは十字路で立ち止まり、ビシっと一言。
「んじゃ、私ら格納庫の方向逆だから、ついでに五番格納庫に行って、火急の私用により、イル・プラーナ出撃不能と、伝えてらっしゃい」
 ヒラヒラと無責任に手を振るミショウに、ヒューミットはなんとなく心に、34のダメージを受けた。


 ミショウに言われた通りに五番格納庫に寄り、整備班の面々に伝言を伝えた後、ヒューミットは全速力で二番へ駆けた。
「ブースターの調子はどう?」
「ばっちりです。イル・ガレフィス」
 白い円筒型のブースターを装備した、風と雲の無い完璧な空を切り取ったような鮮やかな青のそのヴァイオレントドールは、ヒューミットを見下ろすように立っている。
 形式番号F-WIN1623PABL/HGC。通称ペルセフォースと呼ばれている、フェリンランシャオ帝国所属の高機動型量産タイプの機体であるが、最後の/以降は、帝国公認の個人カスタマイズタイプであるという事を表している。
 ヒューミットのペルセフォースは、他の標準的なペルセフォースより、ブースターを四台、追加装備している。加えて出力ジェネレーターやバーニア類の性能もよく、そのおかげで、仮想精霊をつんだ反射の鈍い機体でありながら、他のペルセフォース……いや、他のすべてのヴァイオレントドールより、素早く戦場を駆ける事が可能であった。彼の機体に対抗できるのは、風の精霊機アレスフィードのみ……とまで言われるほどのスピードである。
 もっとも、精霊機と違って操縦席にかかるGは半端では無いし、彼以外の者はほぼ……あの頑丈なチャリオットですら、乗りこなす事は不可能である(Gに耐えれるのは、ヒューミットが特異体質なせいである)。
「現在装備されているのはコレとコレと……」
「後で自分で確認します。仕様書を転送しておいて下さい」
 整備士の言葉を遮り、リフトに乗り込む。
「それじゃ……イル・ガレフィス。出ますッ!」
 カタパルト射出後、一気にスピードをあげた。その間、装備のチェックに入る。
 前回の戦闘時の装備から、そんなに大々的に変更された点はなかった。しかし、元々アンドロメディーナ用に開発されたものを、自分の提案でペルセフォース用に改造した、軽量型小型遠距離包が、使用不能となっていた。
「……やっぱ壊れてたか。アレ」
 何の事はない。前回の戦闘でチャリオットに貸したところ、あろう事かそれで殴ったのだ。相手の機体を。
 となると、とりあえず中ー近距離戦の作戦をとらなければならない……と、いう事になるのだが……。
「苦手なんだよねー。近距離戦」
 ペルセフォースはそのスピードが売りなのだが、それ故装甲がかなり薄い。それこそ取っ組み合いのガチンコバトルなどするハメになると、よくて中破、最悪の場合大破してバラバラになってしまうだろう。
 もちろん、命の保証など、どこにもない。
 と、突然通信が割り込んできた。スイッチを入れると、全天ディスプレイの右上寄りに先ほどまで一緒にいた彼の顔があらわれた。
「お、ちょうどいいところに」
 ヒューミットの言葉に、タンザナイトは少し顔をしかめた。
「タンザ、今何処だ?」
「こちらはもうすぐ着きますよ。そちらはどうです?」
「あと三十秒位で接触。至急、戦闘区域のリアルタイムスキャン回してくれ。遠距離包が使いモノにならん」
 再びタンザナイトは苦い顔をする。
「今いる場所の座標をおくります。スキャンしてる間、ちょっと援護して下さい」
「OK」
 ヒューミットはとりあえず、身近にいた機体に一蹴り浴びせると、ドルフィン・ターンよろしく、半回転して再び上空へ飛び上がる。
「……ピンポンダッシュ?」
「違うッ! 当て逃げといえッ!」
 どちらにしても、かなり失礼である。
 気を取り直して、ヒューミットは送られてきた座標近辺に飛んだ。一機の濃い紫の機体……タンザナイトの機体である、電子戦用機ケーフェスを見つけ、横に並ぶ。
「どのくらいかかりそうだ?」
「そうですねぇ……索敵範囲が広いですから、一分弱……といったところでしょうか」
「早く……しろッ!」
 バキッ……戦場のど真ん中で立ち尽くすケーフェスを狙って襲ってくる敵の機体を、ヒューミットはその素早い動きで、ブレードを降り下ろした。
 瞬間出力の低いペルセフォースでは、一刀両断というわけにはいかないが、スピードから生まれる力を利用し、相手のVDの関節を叩き外す、もしくはずらす程度の事なら、なんとか可能だった。
「まだかッ! ……タンザッ」
「もうちょっと……できたッ!」
 タンザナイトの声と共に、ケーフェスから立体的な地図と、その上部を無数に動く、赤と青の点が転送されてきた。
 舞うように動き回るそれらは、赤は自国、青は敵国所属のVDを示す。
 ヒューミットは、タンザナイトのケーフェスにブレードを手渡すと、両足の脇に装備してある中距離用ライフルを準備。タンザナイトからリアルタイムに送られてくるデータを見ながら、射程距離内にいる敵機にターゲットを絞り、標準を合わせた。
「……行けッ!」
 実のところ、ヒューミットは射撃があまり得意ではない。故に、彼は銃を両手に持ち、打つ時は必ず、一ターゲットにつき四、五発は打つようにしていた。
 あまり効率のよいやり方ではないが……文字どおり、下手な鉄砲も数打ちゃ当る……という事である。
「味方には当てないで下さいよ」
 ヒューミットからあずかったペルセフォースのブレードを振り回しながら、タンザナイトが口を開いた。ヒューミットは、わかってる……と言い、再び銃を乱射する。
 しばらく混戦が続いていたが、だいぶ落着いてきたか……というあたりで、突然、自国の方向から、高速接近する機体の姿がある事を、タンザナイトが気づいた。
「あれ……この機体……」
 純白のアンドロメディーナ。機体も色も、そんなに珍しくない機体だが、武装が少し……どころか、かなり特徴的な機体である。
 アンドロメディーナは水の精霊機ポセイダルナを元とした機体である。故に、肩に長距離包(ヒューミットが改良し、装備している物の、元になったものだ)を標準的に装備している。
 しかし、その機体は特徴的な長い包がなく、その代わりに腕が少し、強化されていた。
 そのような機体を使用している人物は、タンザナイトの知る限り、この国に一人しかいない。
 だが……なんで……?
「おっしゃー! おっまたせー!」
「な……チャーリー?」
 やっぱし……と、驚愕するヒューミットに対し、タンザナイトは苦笑を浮かべた。お見合い中であるはずの、チャリオット=プラーナだ。
「タンザ、こっちに現在のデータ回して。……ヒューミィ、さっさと終わらせちゃおう」
 チャリオットは準備運動よろしく、見なれぬ装備をつけたVDの腕を振り回した。
「それは?」
「おニュー。整備班の人が作ってくれたの」
 時々、整備班の連中が、面白半分に武器を設計、製作し、チャリオットに渡している事は、周知の事実である。しかし、今回のそれはまた、奇妙な物であった。
 形はトンファーに似ている。しかし、打撃を与えるはずのその鉄の塊の先は鋭利な刃物になっていて、日の光を反射し、鈍く輝いていた。
「よし、データダウンロード終了。サンキュ。タンザ」
 チャリオットはぐッと、器用にVDの親指を立てた。直後、突然ヒューミットのペルセフォースに、個人回線が割り込んだ。
「チャーリー?」
「……その……なんだ、一回しか言わないからよく聞けよ。なんでもないからな」
 頬をなんとなく赤く染めながら言うチャリオットに、ヒューミットは一瞬、何が……と思ったが、しばらく考えて、先ほどのお見合い騒動の事を思い出す。
 あまり気にしてなかったが……先ほど五番格納庫に寄った時、もしかしたら涙目だったかもしれない。
 今度はこちら側が顔を真っ赤にする番だった。
 チャリオットはその様子に満足そうにニッと笑い、今度は自分の左手で、ぐッと親指を立てた。
「そいじゃ、いっくよー!」
 やかましいほどでかい声でチャリオットは叫ぶと、敵の中に突貫していった。


 残った敵のほとんどを駆逐し、アレイオラ軍が撤退した事を確認すると、チャリオットは機体を戻すため、五番格納庫へ戻っていった。
 そんな彼女を見送った後、ヒューミットも二番格納庫へ向かう。
 当然、壊れたまま装備し、出撃した事を責任者に愚痴られた事はさておき……。
 急いで五番格納庫にいくと、ジャミッドとチャリオットが向かい合って、何か話をしていた。思わずヒューミットは身を物陰に隠し、そっと、聞き耳をたてる。
「ずっと待ってる間、考えていました」
 ジャミッドが、そう、口を開いた。
「自分も、騎士になりたい。そう、思いました」
 な……思わず、ヒューミットは目を見開く。何故、そのような会話になったのかは解らないが、文官だった彼が、何故、突然騎士に……。
 ヒューミットは思わず、そっと頭を出した。
「それが、自分で出した答えなら、いいんじゃないの?」
 ヒューミットの心情をよそに、チャリオットは、先ほどと同じように、ニッと、笑った。


 なんでなんでなんで……。
「何故だー!」
「どうしてだー!」
 有言実行……。ジャミッドは宣言通り、騎士になるための厳しい試験と訓練を、ものの見事にパスし、第七等騎士とはいえ、騎士の称号を獲てしまった。
 性格は少し問題だが、どうやら騎士に向いていたようだ。
 が、当然この二人……ヒューミットとタンザナイトにとっては面白くない。
 世間知らずが吉とでたか凶とでたか……ジャミッドには嫌味が嫌味に通じない部分がある。大人気ないが今までやってきた嫌がらせの数々は、すべて厳しい特訓の一部だととらえられているようであった。
 おまけにチャリオットも微妙に協力的で、そこがまた、この二人にとっては面白くない。
 が、この様子を唯一、面白がって傍観している人物がいた。
「……性格悪いぞ」
「あーら、彼、ホントに実力あるのよ」
 不敵に微笑む女は、それに……と、続ける。
「ライバルは多いほうが、張り合いがあるんじゃなくて?」
 緑の元素騎士様は、呆れる恋人にぴったりと寄り添い、御満悦な笑みを浮かべた。

FIN


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